ヘルプマークを知っていますか?見えない困りごとを伝える小さなサイン

最近は街で見かける機会も増えました。
赤いタグに白い十字とハートのマーク。

電車の中や駅、病院、ショッピングモールなどでも見かけるようになりました。
「見たことはある」
そんな人はかなり増えたと思います。
でも、その意味や誕生した背景まで知っている人は意外と少ないかもしれません。
今日はヘルプマークについて、少しだけお話ししたいと思います。
ヘルプマークは突然生まれたものではない
ヘルプマークが誕生したのは2012年。
東京都から始まりました。
きっかけを作ったのは、当時東京都議会議員だった山加朱美さんでした。
山加さん自身が事故によって人工関節を入れることになり、「見た目では分からない障害」の生きづらさを経験されたそうです。
見た目は普通に見える。
でも立ち続けるのがしんどい。
体調が急変することもある。
それなのに周囲には伝わらない。
そんな経験から、
「外見では分からない障害や病気を抱える人がいることを伝える共通のマークが必要ではないか」
という提案が生まれました。
実はこれ、私たちのプロジェクトが伝えたいこととも重なるんです。
見た目では分からない。
だから理解されにくい。
だから困っていても気づいてもらえない。
そんな人たちの声から生まれたのがヘルプマークなんです。
全国に広がるまで、わずか10年ほど
最初は東京都だけでした。
2012年に都営地下鉄大江戸線で配布が始まり、その後都営バスや都内各路線へ広がっていきます。
そして2016年には京都府が導入。
そこから全国へ一気に広がりました。
2017年にはJIS規格に登録されました。
これは簡単に言うと、
「東京都だけのマークではなく、日本全国共通のマークになった」
ということです。
さらに2021年には全ての都道府県で導入されました。
ひとつの自治体から始まった取り組みが、全国へ広がったんです。
それだけ多くの人が必要としていたということなのかもしれません。
ヘルプマークを付けている人はどんな人?
よく誤解されるのですが、ヘルプマークは特定の障害だけのものではありません。
例えば、
内部障害
高次脳機能障害
発達障害
精神障害
難病
人工関節
妊娠初期
など、外見からは分かりにくい状態の人たちが利用しています。
私自身、高次脳機能障害の当事者として感じることがあります。
見た目だけなら普通に見えるんです。
普通に歩ける。
普通に話せる。
でも実際は疲れやすかったり、集中力が続かなかったり、予定外のことに対応するのが難しかったりします。
周りから見えないだけで、困りごとは確かに存在しています。
ヘルプマークは、そんな「見えない困りごと」を少しだけ伝えるためのサインなんです。
「他人への配慮をお願いするものではない」
私はヘルプマークについて考える時に、大切にしている言葉があります。
「他人への配慮をお願いするものではない」
という考え方です。
これを聞くと意外に思う人もいるかもしれません。
ヘルプマークは優先席を譲ってもらうためのもの。
助けてもらうためのもの。
そう思われることもあります。
もちろん、結果として配慮につながることはあります。
でも本質は少し違う気がするんです。
ヘルプマークは、
「私は今こんな事情があります」
と伝えるためのもの。
相手に何かを強制するものではありません。
だから付けているから必ず席を譲らなければいけないわけでもありません。
見かけた人が、
「何か困っていることがあるのかな」
と少しだけ想像するきっかけになればいい。
それくらいの距離感なのかもしれません。
実際、私たち当事者も特別扱いを求めているわけではないんです。
ただ、
「見えない障害がある人もいる」
ということを知ってもらえたら嬉しい。
それだけなんですよね。
知られるようになった今だからこその課題
以前と比べると認知度はかなり上がりました。
テレビやSNSでも取り上げられています。
駅のポスターでも見かけます。
でも、
「見たことはあるけど意味は知らない」
という人もまだ多いです。
また、
「どう接したらいいのか分からない」
という声もあります。
私はそれでいいと思っています。
無理に何かをしようとしなくても大丈夫です。
声を掛けることだけが配慮ではありません。
少しだけ周りを見る。
少しだけ想像する。
それだけでも十分だと思うんです。
まとめ
ヘルプマークは、見えない障害や病気を抱える人たちの声から生まれました。
東京都の小さな取り組みから始まり、全国へ広がりました。
その背景には、
「見た目では分からない困りごとを知ってほしい」
という多くの当事者の願いがあります。
ヘルプマークは特別扱いを求めるためのものではありません。
他人への配慮をお願いするものでもありません。
ただ、
「見えない困りごとがあるかもしれない」
そんなことを伝える小さなサインです。
もし街で見かけたら、何か特別なことをする必要はありません。
ただ少しだけ、
「見た目だけでは分からへんこともあるんやな」
そう思い出してもらえたら嬉しいです。
その小さな理解が、誰かの安心につながることもあるんです。