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見えているようで見えていない

「ちゃんと見えてますやん」

そんなふうに言われることがあります。

確かに私は全く見えないわけではありません。

歩いていますし、人とも話しますし、買い物にも行きます。

だから周りから見ると、普通に見えているように見えるんです。

でも実際は違います。

私は毎日、必死できょろきょろしてるねん。

今日はそんな話を書いてみたいと思います。

周りは普通に見えていると思っている

外を歩いているとき。

私はいつも周囲を確認しています。

右を見て。

左を見て。

前を見て。

また右を見て。

周りから見たら落ち着きのない人に見えるかもしれません。

でもそうしないと不安なんです。

見えているようで、実は見えていない。

見落としてしまうことがある。

気づくのが遅れることがある。

だから何度も確認します。

確認しないと怖いんです。

普通なら一回見れば分かることでも、私は何度も見てしまいます。

それは癖ではありません。

生活するために必要なことなんです。

「見えている」と「見えているように見える」は違う

見た目だけでは分かりません。

私自身も脳梗塞になる前は分かりませんでした。

見えているなら困らない。

そう思っていました。

でも実際はそうではなかったんです。

例えば人混み。

人がたくさんいる場所では情報量が一気に増えます。

どこを見たらいいのか分からなくなる。

人とぶつからないように。

段差につまずかないように。

目的地を見失わないように。

頭の中はずっとフル回転です。

周りの人は普通に歩いているように見えるかもしれません。

でも本人は必死なんです。

見えているようで見えていない。

だから何度も確認する。

だから疲れる。

その疲れはなかなか周りには伝わりません。

「なんできょろきょろしてるんやろ」と思われることもある

私は外出すると本当によく周りを見ます。

お店でもそうです。

駅でもそうです。

初めて行く場所ならなおさらです。

どこに何があるのか。

人はどこから来るのか。

出口はどこなのか。

気になって仕方ありません。

もしかすると周りの人から見たら、

「落ち着きがないな」

「何をそんなに見てるんやろ」

と思われることもあるかもしれません。

でも本人は遊んでいるわけではありません。

必死なんです。

安全に歩くために。

迷わないために。

失敗しないために。

一生懸命確認しているんです。

その姿は見た目にはなかなか伝わりません。

疲れる理由も見えない

家に帰るとぐったりすることがあります。

長い距離を歩いたわけでもない。

重たい荷物を持ったわけでもない。

それでも疲れる。

なぜか。

ずっと気を張っているからです。

周囲を確認する。

見落としがないか確認する。

危険がないか確認する。

その繰り返しです。

身体よりも頭が疲れているのかもしれません。

でもこれも見た目では分かりません。

家族でさえ気づきにくいことがあります。

本人しか分からない疲れ。

本人しか分からない不安。

そんなものが確かにあるんです。

「私だけじゃなかった」と思ってもらえたら

この記事を読んでいる人の中にも、

似たような経験をしている人がいるかもしれません。

周りからは普通に見られる。

でも実際は必死。

そんな毎日を過ごしている人もいると思います。

もしそうなら、

それはあなただけではありません。

私もそうです。

見えているようで見えていない。

だから必死できょろきょろしてるねん。

そんな日もあります。

周りに理解してもらえないこともあります。

説明しても伝わらないこともあります。

それでも同じように感じている人はいます。

見た目だけでは分からないことがあります。

でも確かにそこには困りごとがあります。

今日この記事を読んで、

「自分だけじゃなかった」

そう思ってもらえたなら嬉しいです。

無理に頑張らなくても大丈夫です。

きょろきょろしながらでもいい。

確認しながらでもいい。

それはあなたが毎日を一生懸命生きている証拠なんですから。